田舎暮らしの最近のブログ記事

今朝の天気は晴れ・氷点下2℃でした。
外を眺めたら霜が降りていました。

Takenoko Image005~08.jpg初物の、親戚から頂きました。
猪や猿が里まで降りてきて、採り時の筍を荒らすそうです。
竹林を網などで囲いきることはなかなか出来ないのが現状です。

Sekirei Image003~07.jpg去年もそうでしたが、セキレイが駐車場に吊るした魚籠に卵を産みます。
毎日1個づつ産んで、今日セキレイの卵5個になりました。
今日から親鳥は卵を温め始めました。
親鳥が巣を離れたときに写真を撮りました。
Yukigesyou Image003~05.jpg今朝目を覚まし窓の外を眺めたら、思わぬ雪化粧が広がっていました。
の花がに埋もれている。
桜も順調に開花して、2~3日で満開を向かえるところだっただけに心配だ。

テレビ報道で41年前の同じ日以来の春の雪と知らされました。
当時高校生だったが、どういうわけか記憶が無い。
元気ハツラツで乗り切る青春時代、それほどのことでもなかったのか?
とにかく不思議である。

それにしても、この時期の雪に昨年と同様に天候不順となるのか不安である。
どんなに丹精こめても、何より天候にはかなわない。

Yukikaki Image011~00.jpgJosetusya Image013.jpg昨日の午後4時頃から降り始めた雪は、今朝目覚めて外を眺めたら12cmほど降り積もっていました。
今シーズン初めての雪かきをしました。
1時間の雪かきでしたが汗をかきました。
このところの運動不足の解消になりました。
作業途中、我が家の前の農道を除雪車が雪をかいてくれました。

テレビによれば、関東甲信地方で1日午後から2日未明にかけて広い範囲で雪が降り、東京・大手町でも2年ぶりに1センチの積雪を観測したとの報道がされていました。
さらに、東京、埼玉、神奈川、千葉の1都3県で、187人の方が骨折などの怪我をされたとのことです。

寒冷地・雪国育ちの人は、雪道の歩き方を幼い頃から知らず知らず身についていますので転んで怪我をすることが少ないんです。
基本は、まず歩幅を小さくして歩き、あまり足を高く上げずに歩きます。
そして、足の裏全体をつける様にしてゆっくり歩くようにすれば比較的滑らず歩くことが出来ます。
また、靴選びも大事です。都会では格好悪いなんていわずに、長靴スノーブーツをお奨めします。
靴底に溝のある靴をお持ちならば、この限りではありませんが・・・
Daikan Simo Image006~07.jpg今日は二十四節気の一つの大寒で、2月4日の立春までの期間を言います。
1年で最も寒さが厳しい時期でもあります。
大寒の小寒の七十二候は、「初候 は款冬華で蕗の薹(ふきのとう)が蕾を出す」、「次候 は水沢腹堅で沢に氷が厚く張りつめる」、「末候 は鶏始乳で鶏が卵を産み始める」です。

信州では、昔は各家庭で凍み豆腐、凍り餅や切り干し大根など寒さを利用して保存食が作られていました。
食生活の変化や簡便に保存食が手に入るようになり、その習慣もなくなってきています。

Kiribosidaikon Image005~09.jpgKiribosidaikon Image007.jpgそれでも我が家では、切り干し大根を毎年この時期作ります。
秋に収穫した大根を土に埋けて保存をしておいて、掘り出します。
掘り出した大根は、結構瑞々しい状態です。
大根の皮を縦方向に剥き、輪切りにして、さらに細切りにします。
これを広げて天日干しにして乾燥させて作ります。
天気が続けば4~5日で完成します。
乾物なので常温で保存ができます。
煮物などの料理に使います。
2009 Koujinja Image005~06.jpg私の住んでいる地区に、荒神社という神社があります。
この荒神社は由緒ある神社で、「上田の中原兼遠に養育された駒王丸は、仁安元年(1166年)元服して木曽次郎義仲と名乗りました。この時、播磨国新十郎が、瀧倉三宝大荒神を背負いこの地に祀ったと伝えらています。祭神は素叉之男命を祀り。・・・」とあります。
平安時代からある神社で、三宝荒神信仰する神社だそうです。

荒神社では、正月・5月3日(春祭)・7月11日(夏祭)・11月23日(秋祭)に祭りが行われます。
11月23日の祭りは、収穫祭でもあり作物の無事の収穫を祝います。
農家からは、今年収穫されたお米や豆(小豆や大豆など)・大根・白菜など自慢の作物が供えられます。
神主の祝詞があげられ、お神酒をいただきます。
供えられた作物は、祭礼に訪れた氏子たちで競りを行います。
お神酒が皆入っていますので気が大きくなるのか、競り落としの金額は市販より大きくなります。
競りによる売上金は、神社に奉納されます。
この地域の中核をなすの運営の病院があります。
今から45年前の昭和39年(1964年)4月から診療が開始され、診療科は 内科をはじめとして 循環器内科・消化器内科・神経内科・小児科・ 外科・整形外科・産婦人科・眼科・耳鼻咽喉科・精神科・麻酔科・ 皮膚科・ 泌尿器科・放射線科・ 形成外科そして リハビリテーション科があります。

老父(87歳)が今日この病院に入院をしました。
先月も1週間ほど入院し、退院後2週間毎日放射線治療のため病院に通いましたが再入院となりました。
少し入院が長引きそうです。
最近5年ほどは病気がちで、内科・神経内科・外科そして放射線科にお世話になっています。
私自身も内科と眼科でお世話になったことがあります。

老父は46年前に十二指腸潰瘍を患ったことがあり、その当時はこの地域から60kmほど離れた松本市の病院で手術を受けました。
今でも複数診療科領域の重篤な患者に対し高度な医療技術を提供する三次救急医療を受けるためには都市部の病院に行かなければなりませんが、二次救急の医療はこの病院で受けることが出来ます。

この病院が来年4月に県の運営から地方独立行政法人の運営となる予定になっています。
医師の確保や医療の質に影響がなければいいのですが・・・。
チョット心配です。
私の住んでいるは、面積が476.06km2とかなり広いのですが、人口は12,996人ほどでしかありません。
この面積と人口は、平成17年に1町3村が合併しての数値です。
隣接している自治体では、松本市の面積919.35km2で人口226,546人、塩尻市の面積290.13km2で人口67,690人、伊那市の面積667.81kmで人口70,879人ですから、いかに広々しているかお分かりいただけると思います。

一般的にはJRもしくは私鉄のを降りれば、商店街やファーストフード店などがあり、スーパーや金融機関などがあっておおかたの用事は駅前で済ませることが出来ますよね。
我が町の駅前は、残念ながら機能的な駅前ではありません。
駅前には、旅館・おみやげ物屋・喫茶店などと交番があるだけです。

この町には、ファーストフード店やファミリーレストランは1軒もありません。
飲み屋はありますが、ネオン街はありません。

都会の方には、チョット寂しい町だと思いますが、命の洗濯をするのにはもってこいの町です。
自然人情味もふんだんにありますから。
先日、今年は山林組合の組合長を任期2年で仰せつかったことをお話しました。
今日は午前8時より11時まで、共有林の下草刈と林道の整備を実施し、午後より慰労会を開きました。

この地区の農家15戸が共有している山林があり、山林の維持管理のために山林組合を設立しました。
共有林を囲むように各戸所有の山林があります。
因みに我が家の所有の山林は2町3反ほどあります。
なかなか手入れが行き届かない状況です。

組合の活動としては、第一に総会で年間の活動計画を話し合う。
第二にアカマツの間伐・枝打ち・下草刈や林道の整備をする。
第三に松茸ほかキノコ採取時期の入山管理をします。

共有林は、普段は組合員しか入山することが出来ません。
キノコが採れる一ヶ月間は、入山料をいただいて入山の許可をしています。
入山料は組合の活動費として繰り入れをしています。

マツタケ菌は、養分が少なく乾いたマツ林の土地を好みます。
昔は、落ち葉は堆肥として、雑木は薪として利用されていました。
このように利用されることがなくなったマツ林は、人の手で手入れをしないとマツタケやその他のキノコも採れないんです。
先日、自治組織についてお話をしましたが、組内で不幸があり今日葬儀が行われました。

葬儀社に依頼をすれば、都会であればご近所の方に受付と会計のお手伝いを頼む程度で葬儀・告別式が滞りなく済ませることができますよね。
田舎では、昔ながらの「葬式組」のしきたりが残っていて組内で不幸があると総出でお手伝いをします。

お通夜の後に葬儀・告別式の役割を決めます。
男衆は葬儀・告別式の司会・弔電の披露・受付・会計・花篭の役が割り当てられます。
そして当日は本堂と精進落としの会場の設営と後片付けと清掃をします。
女衆は精進落としの料理の準備と後片付けをします。
今回は受付の役を割り当てられました。

これでも随分と簡略化されました。
ここらでは35年前は自分の家で葬儀をしました。
土葬でしたのでこの程度の役回りではおさまりませんでした。
葬儀の準備では、死亡通知の告げ・買物・料理・葬具の調整などの役があります。
葬送では、葬列・接待・穴掘り・埋葬などの役があります。
なかでも穴掘りの役が重労働で、日本酒1本が差し出されたと親から聞いています。


田舎では、都会に比べて町内会など地縁的自治組織の活動が活発です。
私の住んでいる地域も、長野県野沢温泉村の野沢組ほどではありませんが自治組織の活動があります。

区には200世帯余りが住んでいます。町の中でも3本の指に入る大所帯です。
区には区事業と公民館事業の二つがあり各世帯で費用負担金を出してもらい運営をしています。

区事業は、地区の一斉清掃、ごみ・リサイクル収集活動、各種募金活動(赤い羽や赤十字の募金など)などを行います。
16のに分かれて活動をしています。

公民館事業は、公民館の維持管理、潮干狩り、運動会、春・夏・秋祭り、住民のクラブ活動などへの補助金支給などの活動をします。

区・公民館事業の他に、消防団・青年会・山林組合などの活動もあり、毎年何らかの役を仰せつかっています。
今年は、山林組合の組合長を任期2年で仰せつかっています。

この地域もだんだん都会的な考え方になってきていて、大所帯でも皆が寄り合うことが少なくなってきています。